マンホールの中心に刻印されている五芒星の☆印、長崎市のき章で、「長」の草書体をシンボル化したものだそうです。洋の東西を問わず、遥か昔から世界中で使われているこの星形が、西洋の玄関口だった長崎のシンボルマークとして使われていることに歴史を感じます。奇遇な巡り合わせです。
長崎と言えばカステラ。文明堂の本店がある現在の江戸町には、幕末に長崎海軍伝習所が近くにありました。近代海軍、近代医学発祥の地である長崎。長く鎖国をしていた時代、出島という海外との窓口があった長崎は、全国から西洋の知識を得ようとした人々が集まりました。長崎留学です。今でさえ、東京から長崎に来るまでに距離を感じましたが、交通機関がない昔の事を考えると驚きです。
グラバー邸から見た三菱重工長崎造船所。明治日本の産業革命遺産として登録されています。工業というものがほぼなかった時代から、長崎はこの国の重工業の急速な発展を支えてきました。
地理的に中国に近いこともあってか、中国からの影響を色濃く感じました。長崎くんちのお祭り。お盆の時期の精霊流し。その精霊流しで使われる爆竹の消費量が全国一位とのこと。お昼時の中華街はお客さんでいっぱい。
三大花街。京都島原、江戸吉原、長崎丸山のひとつで有名だった丸山花街の名残。江戸元禄の頃の最盛期には1400名以上の遊女を抱えていたとのこと。それだけ長崎にはお金と人が集まっていたのですね。近年、過疎化に苦しんでいるという話を聞いたので、往年の国際貿易都市の姿を想像すると、ちょっと寂しい気持ちもします。
今年、2023年の8月9日の平和式典は台風の直撃により縮小開催でした。そのせいか、8日夜の追悼平和記念館は混んでいませんでした。普段は原爆によって亡くなられた方々の名簿が納められているガラス棚が空の状態です。係のおじさんが、「明日の式典のために持ち出していて、今はありません。この棚が空になるのは、虫干しの時と、明日の、年に二度です。」と教えてくださいました。
外は雨が降っています。